さ、やってみよか

末期ガンになった主婦が幸せ感じながら生きられるようになった食や知恵をお伝えします

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ガンになった人は実はかわいそうでも気の毒でもなかった件

      2017/10/09

「ガンになったら、みんな落ち込んで弱る。弱ってたら、さらにガンにつけこまれる。そんなの、もったいない!私が元気づけなきゃ!」なんていう気持ちもあって始めた、がん女子会。

何回かしてみて、気づいたことがあり、旗を振るのは辞めた。

私の色付き眼鏡で見てた世界

「ガンになって、かわいそうに。」と思われるのが嫌だった。誰がどう思っているかなんて、わかんないのに。私がガンと知っている人なんて、ほぼいなかったのに笑。

にも関わらず、街を歩く人全員が私を憐れんでいる!と思い込み怯えた。誰にも会いたくなかった。だから、引きこもった。とても、しんどい世界だった。抜け出したくて、もがいた。あまりに苦しくて、なんであの時、死ねなかったんだろうって、何回も思った。

そんな時、知った物事や感情の捉え方は、目からウロコがポロポロ落ちるものだった。

無意識。潜在意識。当たり前。常識の作られ方。そんなことを知るうちに、いつしか、しんどい世界は私自身が作り出していたと気づけた。

私はガンとわかるまで多くの人と同じように、ガンの人は「かわいそう。気の毒に。」と見える色眼鏡を持っていた。だから、当然当の本人にも「かわいそうで気の毒。」な人というレッテルを貼った。だから、怯えた。自分で自分に貼ると、なかなか剥がしにくいから厄介だと思う。

そんな自分のかけてる色眼鏡に気付く方法は、おもしろくて何度も練習をした。そのおかげで、ずいぶんと楽に過ごせるようになった。でも、何重にも眼鏡をかけているので、なかなかうっかりハマることは多い。

ガン女子会を辞めた理由

ガン女子会の旗振りを辞めた理由も、まだ色眼鏡をかけていたと気づいたからだった。

「ガンになって、弱気になっているだろう。あの頃の私のように。だから、勇気づけることができたら!元気になってくれたら嬉しい!」

実際のところ、ガン女子会で出会う人たちで私ほど落ち込んだ人には出会わなかった笑。回を重ねるごとに違和感が残ったけど、それがなんなのかよくわからないままやり続けた。

ある時、その違和感がナニか確かめてみた。それは正義感に似た自己満足だった。それをバッサリ捨てた時、勇気づけなきゃいけない人など、どこにもいなくなってた。

落ち込んでいる人がいたとしても、そういう時があったとしても別に良いと思う。その人は、かつての私と同じような色眼鏡をかけて自分を見ていることに、ただ気付いてないだけなのだから。

ガンがあるというだけで、かわいそうでも、気の毒でもない。だから、勇気づけることも元気づけることも必要なかった!と気づいてしまった。だから、辞めた。

誰もが死ぬまで生きる。しかも、どんな気持ちで時間を過ごすのかも選べる。

今、健康でなんの心配もないけど、不機嫌に生きてる人。

明日、目が覚めるだろうかと思いながらも、感謝を見つけて生きてる人。

みんな、今をどう生きるかは自由に選べる。どうせ死ぬまで生きるなら、私はひとつでも多くのはなうた歌って、笑っていようと思う。

そんなことを思った先日のガン女子会「つくし」の帰り道だった。旗振りは辞めたけど、結局集まってる。いい関係が残って、嬉しくてありがたい。新しい人も増えた。

 ガリバタソースのハンバーグランチ

傍からみたら病状厳しくない?っていう友達もいるけど、私は「当たり前」の色眼鏡をかけて12月12日に一緒に歌うことを楽しみにしている。

次回はカラオケ忘年会。参加人数増えそうだし、一人カラオケで練習してこよう。

 

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