さ、やってみよか

末期ガンになった主婦が幸せ感じながら生きられるようになった食や知恵をお伝えします

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プロフィール

 

塚本ふゆみ

はなうた食育アドバイザー

日本栄養医学食養協会認定ダイジェスチョンマイスター

肺腺がん・脳転移ステージⅣ8年生

 

 

1971年2月生まれ

神戸市在住

〇出身地  

愛知県大府市

〇職歴

財閥系建設機械メーカー事務・大手自動車メーカー営業事務・図面トレーサー・総合病院窓口にて医療事務・現在、小児科門前調剤薬局で受付事務もしている

〇家族

一つ年上の自営業クルマの相談所Joy’n’T の夫・1997年生まれの息子・1999年生まれの娘・1941年生まれの実母・チワックスのチビ

〇好きなこと・趣味

森の中で空を眺めてボーっとすること 料理 モノを作ること 畑仕事

〇嫌いなこと

制限すること 見張ること 価値観を押し付けること

〇モットー

今を変えれば、未来は変わる

○チャームポイント

大きな手

いきなりの末期がん

2010年10月激しい頭痛の末、意識不明で倒れる。救急搬送された先で見つかった脳腫瘍は肺腺がんの転移。まさかの末期だった。もって三か月とも言われた。

至って、普通に暮らしていた

兄二人、弟一人の四人兄弟。裕福ではないが、真面目に働く父母のもと、家族仲良くすくすくと育つ。

学生時代はバスケ部副キャプテン。攻撃より守りが好きだった。黙っていればキレイなのに、とよく残念がられる大人に仕上がる。

結婚・出産・ワンオペ育児

1993年結婚を機に神戸に暮らす。出産後はほぼワンオペ育児。みんなそんなものだろうと自分に言い聞かせ、耐える。

その頃は自分でも不思議なほど、ネガティブ思考だった。今からみれば、完全な栄養不足によるもの。

賑やかな暮らしから激変する生活

両親を神戸に呼び寄せ、海と山が見える家で同居を始める。と同時に社会復帰。

賑やかで楽しい暮らしに翳りが見えたのは、父の食道がんがわかった2009年11月。手術はできず、放射線や抗がん剤治療をする父の付き添いをする。

そんな多忙な毎日の中で迎えた2010年10月だった。年が明けてすぐ、父は亡くなる。

今すぐ、日々の中で自分でできることを探し始める

引きこもり生活が半年ほど過ぎた、3月11日東日本大震災。2万人もの方が亡くなったショックから「私は今、ガンだけど、生きている。」と気づく。

生きることを諦めたくなかった。「がん=死」の図式から受ける恐怖に腹が立った。「怯えながら生きるなんて、まっぴらだ。」と開き直る。

「病は私の体内で起きている」という気づきから「今すぐ日々の中で、自分ができること」を探し始める。今が変われば、未来は変わるとわかり、心からワクワクした。

ココロとカラダと向き合う

ココロとの向き合い方として、物事の捉え方、潜在意識の働きを学ぶ。新しい医療として、統合医療にも出会う。

カラダとの向き合い方として、様々な代替療法を経験し、食事療法を学び実践してみる

どの食事療法にも一長一短があり、合う合わないがあるのだとわかる。一人一人カラダは違い、個体差があるのは当たり前だった。

経験を活かして、できることから

繰り返す脳への再発に凹み、落ち込み、無力感や死も感じながら「カラダからココロへ、ココロからカラダへ」の影響力を思い知ってきた。

その経験を活かし、はなうた気分でいられるための個別セッションを行っている。暮らしの中で自然と続けていけることを中心にアドバイスしている。

子育てサロンや勤め先の薬局窓口にて、食事や栄養の話もする。

当たり前の顔をした大切な毎日。それを守る日々の食事や、ガン患者としての物事の捉え方などを書いたブログも綴る。

現在は、知識・見聞を深めるために分子栄養学を勉強中。

2人に1人がガンになる社会なんて、おかしい。

「2人に1人はガンになる社会なんて、おかしい。そんな社会は、自分から変えてしまえばいい。」と思う。

私のような思いをする人を1人でも多く無くしたい。それを叶えるには、カラダを作る普段の食事や生活、自分自身の見直しからだと思っている。

 

公開日:
最終更新日:2017/11/09