さ、やってみよか

末期ガンになった主婦が幸せ感じながら生きられるようになった食や知恵をお伝えします

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肺腺がんとのつきあい方~母とのこと~

      2017/05/12

22歳で結婚した訳は、親元を離れたかったことも理由のひとつだった。なのに結局、田舎から呼び寄せ、同居することになったのは人生の宿題があったからだと思う。

39歳でガンがわかった時の『どうして私が?』の中には、私を認めない母のせいだという思いが強かった。私の中に根強い自己否定が、自責がガンを作ったのだ、だから、母のせいだと逆恨みしていた。

その感情はとてつもなく苦しい。私の代わりに家事をこなしたり、家族に愛を注ぐ母をみては感謝が沸く一方で恨む。真逆の感情は『どうなっているだろう?狂っているのかしら?』と私を悩ませた。

メンタル面から立ち直るため、自分と向き合うことを始める。その中で避けては通れない母との関係。引っかかることが多い母の一言一句を書き留めては心で見つめる日々が続いた。

ある時、ふっと響いた声が温かい日差しのように苦しさを溶かし始めた。

『そうしていなければ、愛されないの』

『~しなければならない。~するべきだ。』という思い込みが多かった母は幸せで愛された子ども時代ではなかった、と後に聞いた。

母は自分の祖父に向かって『私は絶対にあんな子どもには育てない‼‼』と実父のことを批判したそうだ。(子どもにそんなことを言われるって。じいちゃん何してたんやろ。。。)

私を制限し、認めないかのような母の行動は愛されたことのない(と信じている)母なりの『愛されるためのルール』に則っているだけだった。

母が人生から選び取ってきた母好みの常識。こうしていたら愛される、という思いは幼い母が感じた『愛されたい』から選ばれた。それを愛する子どもたちに適用してくれたのだ。

『私はとっくに母に愛されていた‼‼』とわかった時の安堵感といったら、いい大人だということを忘れるほど泣けるものだった。その場所がトイレじゃなかったら、なんか画になる話なんだけど。

あの時から『いてくれて、ありがとう。あなたはそのままでよく、とても大切な存在です。』と母を抱きしめている。それは自分を抱きしめているようにも感じて、なんとなく宿題をひとつ終えた気になっている。

安心感はとてつもなく身体を緩ませてくれる。リラックスした身体は潜在能力を発揮させる。ガンに限らず病気になってても、なっていなくても、今を生きるためにリラックスする方法はいくつあっても良いな、と思っている。

 - ガンのこと,

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